MechWarrior 5: Mercenariesの世界観とか登場人物とかを紹介する小説について、内容をざっくりまとめてみました。
MechWarrior 5(メックウォーリア5)というゲームについては、以下のサイトで詳しく紹介されており、日本語化ファイルも配布されています。
メックウォーリア5 (MechWarrior5) 日本語化 その他攻略情報まとめ
“The Mercenary Life” は、MechWarrior 5の主人公、メイソン司令官の両親を主役とした小説です。父ニコライ・メイソンと母クロエ・リードの2人が、傭兵団「キャバリアーズ」を結成し、中心領域での戦いに身を投じていくまでを描いた年代記です。
30世紀末から31世紀はじめの中心領域を舞台としており、この時期の歴史イベントを絡めつつ、新規プレイヤーにバトルテックの世界観を紹介する内容となっています。
MechWarrior 5: Mercenariesのリリースに合わせて公開され、8話まで無料でダウンロードできます。
有料の書籍版では9話と著者あとがきが追加されました。
いずれも日本語には翻訳されていないため、大まかな内容をまとめてみました。
(というか、バトルテック小説の翻訳自体が「グレイ・デス軍団」ぐらいしかない……)
ゲーム主人公の父親。ある事情で故郷を離れ、宇宙商人として活躍することを夢見ていた。しかし妻クロエに巻き込まれるかたちで傭兵稼業に身を投じていく。商人時代の人脈や経験を活かして、兵站や契約獲得の面でキャバリアーズを支えた。
故郷を離れたとき、海賊に捕まって拷問されたことがあり、トラウマとなっている。この経験と少年時代の訓練の結果として、格闘術に長けている。「敵を仕留めたときの実感がある」という理由でナイフを好む。
生まれついてのメック戦士ではなく、搭乗したいとも思わなかったが、傭兵としての活動を通じて経験を積んだ。乗機はカタパルト。
抱えていた「秘密」については、妻を含め誰にも話すことがなかった。
ゲーム主人公の母親。傭兵団ブラックハーツに所属するメカニックだったが、メック戦士になるべく脱退する。グレイヴ・ウォーカーズ、エリダニ軽機隊での経験を経て、夫ニコライとともに「キャバリアーズ」を結成し、中心領域での戦いに身を投じていく。
比類なき腕前のメカニックでもあり、これがきっかけでスピアーズとの縁ができる。キャバリアーズの結成後はスピアーズからの依頼を主に受けることになる。
メック戦士になること、自分の傭兵団を持つことが悲願であり、キャバリアーズは彼女の夢の結晶だった。
乗機はシャドウホーク。
ノースウィンド・ハイランダーズ、エリダニ軽機隊に所属していたメック戦士。エリダニ軽機隊でクロエと知り合い、キャバリアーズの結成に参加した。
養父母の影響で、母語ではないがスコットランド・ゲール語が話せる。「養父母の庇護から離れるため」ノースウィンド・ハイランダーズを脱退し、エリダニ軽機隊に移った。
自身も優秀なメック戦士であったが、エリダニ軽機隊でのある経験から、戦術士官として後方で活躍するようになっていく。
乗機は「クレイモア」と名づけたハイランダー。ノースウィンド・ハイランダーズを脱退する際に贈呈された。
遺失技術を保護し、文明の復興を目指す組織、Interstellar Expeditions(恒星間探検隊)のメンバー。とある発掘品の解析をクロエに依頼したことから縁ができ、その後キャバリアーズの実質的なパトロンとなった。
各地に独自の情報ネットワークを持ち、上流階級の人士ともコネクションがある。主に発掘調査の護衛としてキャバリアーズを雇用したが、国際情勢に介入するような任務に投入することもあった。
結成したばかりのキャバリアーズに参加し、メカニックとして活躍した。優秀ではあるが、口の悪さが災いし、ほかの傭兵団から追放されたことがある。
ドラコ連合内のイスラム系自治組織「アザミ」の出身。父親も同じメカニックであり、Arkab Legion(アルカブ軍団)に所属していたが、ドラコの支配への反発と父親との不和がきっかけで出奔し、放浪の身となる。
出自を隠すため、ダヴィオン辺境に特有の訛りで話している。
メック戦士。男性。グレイヴ・ウォーカーズでクロエと知り合い、キャバリアーズの結成に参加した。クロエとニコライにとってはかけがえのない友人でもある。
独特の人懐っこさがあり、誰とでもすぐ打ち解けることができる。コミュニケーション能力の高さを活かして仕事を取ってくることもあった。
乗機はグリフィン。
裏方として結成直後のキャバリアーズに参加し、事務仕事で活躍した。
おどおどした性格で、思ったことを口に出せない女性。またある秘密を抱えており、ニコライが不信感を抱く原因となった。
ニコライとクロエの子供。ゲーム本編の主人公。開発当時、メインキャラクターの性別を選べるようにする予定だったため、この小説では息子か娘かは明言されていない。
キャバリアーズでメックの操縦を学ぶ。母クロエも認める天才であり、訓練を見たファハドは「数年間の訓練を受けたアルカブ軍団の新兵でも、この12歳の子供の半分も動かせない」と感じていた。
2991年12月から2992年6月
ニコライ・メイソンは、宇宙商人を目指す若者だった。戻れない故郷の思い出、海賊に捕まったときのトラウマ、先輩からの陰湿ないじめなどに悩まされながらも、着実に商人として経験を積みつつあった。バトルメック「チャンピオン」のスペアパーツを調達できれば、昇進への道が開けるのだ。
チャンピオンは遺失技術で作られたメックであり、部品の入手は容易ではない。ニコライは情報を求めて、傭兵団「ブラックハーツ」のメカニック、クロエの工房を訪ねる。
ニコライはホロマップの左端へと視線を移した。何か月も続く、現在の東回り航路が表示されている。惑星ポールズボ(Poulsbo)で傭兵団ナーシャルズ・レイダーズへの補給。そこから21.3光年をジャンプして、自由世界同盟領のガリステオ(Gallisteo)星系へ飛んだ。船員の中には敵国への航海を渋るものもいたが、ニコライはその大胆さが気に入っていた。そこで、スターロード級ジャンプシップ《タリアの叙任式》──仰々しい名前だが、船長はその由来を教えてくれない──は、1,140メートルにも及ぶ太陽帆を展開した。カーニィ=フチダ機関──針のような660メートルの船体のほとんどに及ぶ長さだ──に、F7V型恒星がエネルギーを充填するのを、そこで178時間待った。太陽帆を収納すると、また国境を越えてティンビキ(Timbiqui)星系に飛ぶ。そこでまた同じことの繰り返し。太陽帆を開き、エネルギーを充填して、帆を収納する。どのジャンプの後でも同じだ。そしてキャヴァナ(Cavanaugh)IIに飛び、細長い船体に沿って配置されたドッキングポートから、2隻のドロップシップを分離した。ドロップシップは1.96日の高速飛行で、第36ライラ防衛隊と第9ライラ正規軍──ライラ共和国軍の惑星駐留部隊だ──への補給を行った。
数百年にわたる戦乱の結果として、中心領域では技術の進歩が停滞し、一部の工業製品については再生産すらできなくなっていた。バトルメックのなかには、代替部品が枯渇し、修理もままならなくなったものもある。
とはいえ、MechWarrior 5のゲーム本編では、金さえ出せばどんなメックも修理できる。
2994年8月から2995年7月
極寒の惑星ウィングにおいて、ブラックハーツ隊は泥沼の戦いを強いられていた。敵──自由世界同盟のバトルメック──を漸減せよという曖昧な契約のもとで、クロエは損傷したメックの修理に追われていた。
作戦に不満を抱いたクロエは上官に進言するが、「お前はメック戦士ではない」という理由で拒絶されてしまう。戦いで傷ついたクロエはブラックハーツを脱退し、メック戦士になることを決意する。
メカニックとしては引く手あまただが、未経験のメック戦士としてはどこも雇用してくれなかった。状況を打開すべく、クロエはある決断をする。
ひと目見れば状況は理解できるが、クロエは自分の指でメックの手触りを確かめるのが好きだった。わざわざ薄手の手袋を使っているのはそのためでもある──数日前、手袋を外して部品に触れたとき、氷のように冷たい金属に指の皮を持っていかれた。彼女は損傷部位に手を伸ばすと、冷たさと手袋の向こうにメックを感じようとした。
メックの胸部は約1メートルにわたって切り裂かれ、4重の装甲板はすべて破られていた。最初の2層は、窒化ホウ素の層にダイアモンドのモノフィラメントを埋め込んだものを、整列結晶化した鋼鉄板が覆っている。使われている技術そのものはよく知っているが、実体弾の運動エネルギーやレーザー・PPCのキロジュールの熱量を、たったの数センチの厚さで受け止めているとは、未だに信じられないような気持ちがした。
この2層のさらに下、ハニカム構造のチタン合金にクロエの手が触れた。この層が装甲板を保持し、応力下での歪みを抑える。最後の層はポリマーのシーリング材で、メックの気密・水密を維持する。クロエは安堵のため息をついた。破孔が横切っているのは2枚の装甲板だけ。これなら修理時間も短縮できるし、必要な装甲板も少なくて済む──予備の装甲板が少なくなっているのだ。そもそも、今回の仕事は襲撃任務であって、こんなに長く狩りが続くとは思っていなかった。──わたしだったら、もっと多くの補給資材を用意したのに。いつでも、もっと多くの資材を持ってくるのに。
星間連盟の崩壊後、大国が覇権をめぐって争った戦争。緒戦で人的・物的両面で大きな被害を出したため、どの勢力ももはや決定的な勝利を収めることができず、数百年にわたって泥沼の戦乱が続いている。
これに参加する国家を継承国家と呼び、シュタイナー家のライラ共和国、クリタ家のドラコ連合、マーリック家の自由世界同盟、リャオ家のカペラ大連邦国、ダヴィオン家の恒星連邦の五大国がこれに該当する。
五大国から独立した勢力として、超光速通信技術を独占した疑似宗教団体のコムスターが存在する。
2997年4月から2998年9月
リャーナ・キャンベルはエリダニ軽機隊のメック戦士だった。エリダニ軽機隊はヘスペラスIIに駐留し、押し寄せるマーリック軍のメックを相手に防衛戦を続けていた。
クロエやニコライを新たに部下に迎え、戦場でハイランダーを駆るリャーナだったが、高速メックを活かして撹乱する敵の戦術、そしてライラの「社交界将軍」の横槍もあり、苦しい戦いを強いられてしまう。
不満を募らせるリャーナに対し、部隊指揮官のウィンストン大佐は、彼女にある使命を与える。
体を伸ばし、ニューロヘルメットが入った右手の小棚に手を伸ばした。かさばって重い装置に頭を押し込むと、視界を遮らないよう肩パッドの上に固定した。垂れ下がったケーブルを手探りし、手の感覚を頼りに胸元のニューロヘルメットのソケットにつなぐ。反対側のアームレストの、自動巻取り式のスロットから別のケーブルを引きずり出して、冷却ベストに接続した。それが済むと、5点式のシートベルトを均等にきつく締めた。ほかのパイロットより、きつめに締めるようにしていた。90トンメックを弾道軌道に打ち上げる時の衝撃は、軽量メックのそれよりはるかに強烈だからだ。
トグルスイッチを順に切り替えると、ベストに張り巡らされたチューブの冷却材が循環し、皮膚に刺すような感覚が走った。これは、戦闘時の高温に耐えるために必要なものだ。ニューロヘルメットがオンラインになり、メックの腹部、核融合炉の真上にある3トンもの大型ジャイロと同調すると、一瞬めまいに襲われた。体を前に乗り出し、またスイッチを押していく。これを繰り返しながら、慎重かつ整然と起動シーケンスを実行していき、表示されるデータを確認していった。最後のスイッチを押すと、孤独なコクピットに別の声が響いた。
『声紋認証が必要です』コンピュータの声だ。男の声を女の声にしたり、アクセントをつけてみたり、カスタマイズするメック戦士は多いが、彼女はデフォルトの音声を使用していた。工場の組み立てラインから歩み出て、星間連盟防衛軍の一員となったそのときのままだ。なんとなく、変えてしまうのは冒涜的なことのように思えた。
「リャーナ・キャンベル大尉だ」はっきりした声で、彼女は答えた。
惑星ヘスペラスIIにはデファイアンス・インダストリーズ社のバトルメック工場があり、中心領域で最大の規模を誇っていた。数世紀にわたってこれを巡る争いが続き、30世紀末には自由世界同盟軍が侵攻し、防衛するエリダニ軽機隊と交戦した。
ヘスペラスIIはライラ共和国の支配下にあったが、ライラでは「社交界将軍」──つまり、貴族社会のコネクションによって階級を維持する軍人──が問題となっており、エリダニ軽機隊が戦う上での障害となった。
最終的に、エリダニ軽機隊はライラとの契約を解消し、恒星連邦へと移ってしまう。
3005年6月から3006年1月
クロエ、ニコライ、リャーナ、ドーソンの4人は、「傭兵の星」こと惑星ガラテアにおいて、自分たちの傭兵団「キャバリアーズ」を旗揚げする。しかし、彼らは多くの問題を抱えていた。
裏方も含めた人員の確保、新人メック戦士の訓練などを必要とし、そして何よりも「仕事がない」という問題に悩まされていた。エリダニ軽機隊での勤務経験があったとはいえ、実績のない新興の傭兵団を雇用するクライアントは見つからなかった。
ある夜、ニコライは酒場「怠惰な軽騎兵」亭に向かっていた。このことはクロエにさえ話していない──傭兵審査委員会を通さない、闇の仕事を探しに行くのだ。
いつの間にか、雇傭ホールの敷地に足を踏み入れていた。この建物はガラテア・シティの北のはずれに位置している。クロエは、補給品の荷下ろしをしている巨大なBFFL「バッファロー」型ホバークラフトを迂回して進んだ。この巨大な複合施設こそが「傭兵の星」の中心なのだ。巨大な星間帝国であれ、ひとつの惑星を治める貴族であれ、多国籍企業であれ、辺境域の文明の果てであれ、あらゆる恒星のもとでの傭兵契約がここを通しておこなわれる。そうした雇用主に、ここは最良の傭兵部隊を紹介している。部隊のなかには、星間連盟時代にさかのぼるものもある──エリダニ軽機隊、ブルー・スター・イレギュラーズ、ケンタウリ第21槍機兵隊のような部隊だ。ずっと下には、新興の傭兵部隊がいる。たった1ランスだけのバトルメックを抱え、巨人たちのあいだでどうにか生計を立てようとしている連中もいる。──わたしたちのように……
いちばん大きな建物に足を踏み入れた。巨大な回転ドアをくぐって、円形の大広間を通る。広間からは3つの廊下が伸び、はるか遠くへと続いている。ほとんどの壁には映像スクリーンが設置され、受付エリアの頭上には中心領域のホログラムが、ゆっくり回転しながら浮かんでいる。またたく光の点は恒星を表し、それらがまとまって、さまざまな輪郭、規模、色の紛争地域を示している。それと並んで、依頼を出している組織が表示されている。壁面のスクリーン──それと、承認された端末──からは、即時にそうした情報にアクセスでき、契約の詳細を確認できる。そこから交渉が始まる──通信越しか対面かは、雇用主、傭兵部隊の名声、契約の規模によって変わってくるが。
仕事の斡旋、機材と物資の補充、人員の採用と訓練、これらを一手に担う、多くの傭兵団にとっての拠点惑星。コムスターが設立した傭兵審査委員会(Mercenary Review Board)もガラテアに施設を構えている。
MechWarrior 5では、契約はすべて通信越しに行われるため、ここに立ち寄る理由はない。
2995年7月から3005年1月(過去編)
3006年12月
ファハド・アラザドは「アザミ」の青年だった。北アフリカのムスリム部族にルーツを持つ「アザミ」は、一定の自治を認められる代償として、ドラコ連合へと忠誠を誓っていた。
ファハドの父は厳格なイスラム教徒であり、ドラコ連合に仕える技術者だった。ファハドはそんな父に反発しつつも、同じく技術者の道を歩みだしていた。
「アザミ」はドラコ連合への忠誠を守り続けていたが、ドラコ軍人には歴然たる差別意識があることをファハドは目の当たりにする。支配される現状への怒り、そして父とのすれ違いは大きくなるばかりだった。
「案外、我々の軍服も似合いますな」ドラコ士官のひとりはこう述べて、隊列を解いた第2アルカブ軍団の兵たちにうなずいてみせた。
「軍服はどうあれ、奴らを完全には信用できんよ」将軍が答えた。一団はそのまま歩き続けている。「上がわたしの進言を聞き入れてくれて何よりだ。奴らをこの重要な惑星から遠ざけ、我が部隊を駐留させると決めたのはよいことだ」
遠ざかっていく彼らを前に、ファハドは必死に抑えようとしたが、顔に血が上り真っ赤に染まるのを感じた。──奴らは俺たちがいないかのように話している。まるで俺たちは虫か何かで、頭が悪すぎて理解できないかのように。ファハドは、腕が痛くなるまでおもむろに拳を握り締めた。──俺たちは500年もお前たちの軍服を着ているんだぞ。継承権戦争を通じて、あらゆる惑星で血を流し、命を散らしてきた。常に名誉を守り、常に最良の戦士だった。アルカブ軍団は、お前たちの一般兵が勝てる相手ではない。「光の剣」連隊にさえ匹敵するほどだ。ファハドの心中で、ドラコを罵倒し、挑発する言葉が渦巻いていた。
ファハドの父は向き直り、ひとりひとりに視線を向けた。固い決意をたたえた目は、「お前たちは何も聞かなかった」と言っているようだった。技術者たちはひとりずつ、うなずいてその場を去り、争おうという素振りを見せなかった。ファハドには、どうして彼らが平然としていられるのかわからなかった。
ライラ共和国はドイツ、ドラコ連合は日本、カペラ大連邦国は中国をモチーフにしているが、地球の民族的には多民族国家である。
ドラコ連合にはイスラム系のアザミと、北欧系のラサルハグがある。DLC4のRise of Rasalhagueは自由ラサルハグ共和国の独立戦争を題材としており、またDLC5のThe Dragon’s Gambitは3039年戦争におけるアルカブ軍団の戦いを描いている。
3003年11月(過去編)
3008年1月から3008年11月
キャバリアーズはスピアーズと契約し、遺跡調査チームの護衛任務に就いていた。これといった収穫のないまま調査が終了したところで、ドーソンが街で新しい仕事の話を見つけてきた。惑星マッケナ(McKenna)の守備隊がライラとの戦線に移動するため、海賊から住民を守ってほしいというのだ。
依頼を受けたキャバリアーズだったが、しばらくして奇妙なことに気づく。「壊して、奪う」が本分の海賊たちが、壊すだけ壊して、何も奪わずに逃げていくのだ。一方で、襲撃は何か月も、ありえないほどの頻度で繰り返されていた。
ブルックリン・ジェールズには、ある秘密があった。隠し続けてきた彼女の過去が、不吉な予感を告げていた。
ニコライは右手ジョイスティックのトリガーを引いた。30の長距離ミサイルが目標に発射され、爆音が《カタパルト》の灼熱のコクピットに轟いた。冷却ベストは懸命に作動を続け、張り巡らされたチューブをジェルが動き回る感触はあるが、役には立っていないようだ。ニコライは汗でずぶ濡れだった。
視線の先で、敵の《ヘルメス》に弾頭の雨が降り注いだ。ここまでの戦闘で、クロエの《シャドウホーク》はオートキャノン、ドーソンの《グリフィン》はPPCを、この30トンメックに命中させている。すでに損傷していた敵機は、メイソンの砲撃で深手を負った。左腕が完全にもげ落ちた《ヘルメス》は、ひきつけを起こしたかのように身もだえした──間違いなく、ジャイロにも致命傷を負っている。敵機は数歩ふらふらと歩いたが、爆発とともにその頭部が開いた。パイロットの射出座席が打ち上がったそのとき、メックは地面に倒れた。
「ナイスショット!」通信越しにドーソンが叫んだ。1キロメートルの距離に、ドーソンの《グリフィン》が別の敵メックへ走っていくのが見えた。70トンの《グラスホッパー》は、これまでに遭遇した敵メックのなかではもっとも大きい。重装甲で中口径レーザーを複数装備しており、ヘビーメックのなかでも主力として運用される機体だ。
敵機のパイロットは脚部ジェットを巧みに操り、高度のあるジャンプを成功させ、ドーソンの《グリフィン》まで数十メートルの位置に着陸してみせた。そのまま4門の中口径レーザーを斉射し、3発がドーソン機の右側面に命中した。敵はずっと同じ個所に攻撃を集中させている。《グリフィン》の右腕に沿って爆炎が上がり、まばゆい青い光が閃いた。この距離で、しかも防眩スクリーンを通しているのに、強烈な閃光がニコライの目に残像を残した。──畜生め。
悪意があるにせよ、あるいは単なる落ち度にせよ、傭兵に与えられた仕事の内容が契約通りでないことがある。それでも、契約違反のペナルティはかなり重いため、傭兵はできるだけ契約を履行しようとする。
とはいえ、雇用主の側に明確な違反行為があった場合は、傭兵審査委員会にこれを通知し、安全に契約を解消することもできる。
3009年4月から3011年7月
ヤノス・マーリックとアントン・マーリックの不和により、自由世界同盟は内戦の危機に陥った。そしてまた、コムスター、カペラ大連邦国、恒星連邦などの各勢力は、この機に乗じて陰謀を巡らせていた。
イリアン・テクノロジーズ社の巨大な工業施設群──その中心に、セバスチャン・スピアーズの個人オフィスがあった。イリアン社の人間ではないのに、そこに自分の居場所を借りられるだけのコネクションがあるのだ。オフィスに並んだスクリーンを通して、銀河中の情報が彼のもとに集まる。各惑星での発掘調査だけでなく、不穏さを増す政治情勢までも把握していた。
苦楽を共にした仲間を失ったキャバリアーズだが、立ち直るためには新たな仕事が必要だった。スピアーズの今回の依頼は、これまでとは違い、単なる発掘調査の護衛ではなかった。
「たった5年の潜入活動で、貴公はアントン・マーリックの側近にまで上り詰めた。見事なものだな」ジュリアンが口を開いた。──飴と……
ヴェサールは賛辞を受けてうなずいた。「ですが、まだ十分とは言えません」
「その通りだ。我らのコムスタービルの価値は、同盟のMビルに対して下落を続けている。緊急措置を実行したにもかかわらず、だ」
「それから、竜機兵団の問題もあります」
「まったく、その通りだ」ジュリアンが応じた。──そして、これが鞭だ。「昨年のウルフ竜機兵団の失踪だが、ROMは今までと同じく、この傭兵団に潜入できず、また追跡もできなかった。だが10か月後、奴らは山ほどの補充物資と、見たこともない新品のバトルメックを携えて戻ってきたではないか。辺境域のどこかに、遺失技術の眠る星間連盟時代の基地があって、奴らはその場所を知っているのだ。これはまったく看過できぬ事態だ。一体どうやって、人類の知識を保全し、ブレイクが我らに望まれたように導こうというのか──奴らのような不確定因子を放置したままで?わたしがファースト・サーキットに行使できる影響力には限りがある。このまま失敗を重ねれば、貴公の立場は保証できんぞ。新しい策を講じねばならん」
ヴェサールの目に、かすかに怒りの色が浮かんだ──それが竜機兵団に対してか、自分自身にか、それともファースト・サーキットにか、ジュリアンにはわからなかった──いずれにせよ、痛烈な叱責を受けて、司教は平静さを保っていた。
「仰せの通りです」うなずいて、ヴェサールが答えた。「ですから、こうして直接お訪ねしたのです。アントンがすべての鍵です」
自由世界同盟の総帥ヤノス・マーリックの弟、アントン・マーリックが起こした反乱。3014年に勃発し、3015年4月──MechWarrior 5のゲーム本編の開始直前──に、アントン・マーリックの死によってその幕を閉じた。
敗色濃厚となったアントンのもとで、ウルフ竜機兵団のヨシュア・ウルフが殺されてしまい、竜機兵団の報復によって反乱軍は壊滅した。一連の事件には、コムスターが大きく関与している。
3013年9月から3013年10月
スピアーズの依頼で、キャバリアーズはマロリーズワールド(Mallory’s World)での発掘調査を護衛していた。この恒星連邦領の惑星では、海賊の襲撃もなく、クロエたちは退屈だが平和な時間を過ごしていた。
だがそのとき、リャーナは宙域に突入してくるジャンプシップの群れを発見する──現地のダヴィオン軍は出払っており、ドラコ連合の大部隊が無防備な惑星へと侵攻してきたのだ。
キャバリアーズはこの戦争とは無縁なはずだったが、激しさを増す戦いに否応なく巻き込まれていく。契約を完遂し、キャバリアーズを守るため、そしてニコライとの子供のため、指揮官のクロエは決断を迫られる。
「これって、本当にこの規模なの?」クロエがとうとう口を開いた。
ニコライは固唾を飲んだ。いま見ているものに対し、理解が追い付かない。生涯のほとんどすべてを戦場で、もしくはそのすぐ近くで過ごしてきた。だが眼下で行われている戦闘は、今まで見たものとは比較にならなかった。継承王家がまだ大軍を運用できた、かつての継承権戦争の時代を思い起こさせた。
「本当だ」ニコライはようやく答えた。
惑星上のドラコ連合軍のほぼ全部隊が、コルターヴィルを三方から包囲していた。第17アヴァロン軽機兵隊は街に立てこもり、そこで防衛戦を続けている。包囲軍はおよそ9個連隊から成り、悪名高き第2光の剣連隊も参加していた。
国王イアン・ダヴィオンはサムライの包囲軍に対し、第4ダヴィオン近衛連隊戦闘団と支援部隊をもって攻撃を開始した。国王の大胆な指揮のもと、2ヶ所で先鋒部隊が突入し、圧倒的な戦力差にもかかわらず戦果を挙げつつあった。ニコライの眼下で、5キロメートルにも及ぶ戦闘機械の列が、機動し、砲火を浴びせ、その拳を叩きつけて、ドラコ包囲軍の一翼を打撃していた。陣地を保持するため、そしてほかの包囲部隊から分断されることを避けるため、光の剣連隊は後退を開始した。峡谷の端で控える《フォートレス》級大型ドロップシップからは、砲弾の雨が降り注ぐ。国王は機動戦を得意としていたが、その能力を遺憾なく発揮していた。
第三次継承権戦争の末期に勃発した戦い。侵攻したドラコ連合軍に対し、恒星連邦は焦土戦術も辞さず激しく抵抗し、最終的には撃退した。
しかし、この戦いで国王イアン・ダヴィオンが戦死し、弟のハンス・ダヴィオンが新たに恒星連邦の国王に即位する。ハンスはイアンの外交方針を引き継ぎ、シュタイナー家のライラ共和国と同盟することになる。
3013年10月から3014年5月
マロリーズワールドの戦いで大きな痛手を負ったキャバリアーズだったが、立ち止まるわけにはいかなかった。次の仕事は、ハルステッド・ステーション──ドラコ領の惑星──を標的にした、恒星連邦の極秘作戦だった。
だがニコライは、あまりにも気前のよい契約条件を不審に思う。キャバリアーズの規模と名声を考えれば、これほどの仕事が回ってくるはずがなかったのだ。すべてはスピアーズのお膳立てだった──スピアーズには、そうするだけの個人的な想いがあった。
作戦に参加したキャバリアーズは、同じく傭兵部隊のクレーター・コブラとともに、ハルステッド・ステーションに降下する。
《マーチャント》級ジャンプシップが通常空間に復帰すると、ハイパースペース・フィールドの崩壊とともに周辺の宇宙塵が蒸発し、赤方偏移したエネルギーが放出された。艦は正確な計算で、ハルステッド・ステーションの軌道まで──ドロップシップの標準加速なら──30時間の位置にジャンプした。通常のジャンプ座標は黄道平面の「上」に位置し、移動には60時間を必要とする。艦はラグランジュ点──天体の重力が釣り合い、平衡状態となる点──にジャンプした。これを「パイレーツ・ポイント」と呼び、侵入にはその星系についての正確なデータと、ジャンプ座標を決定するための専門知識、そして度胸を必要とする。失敗すれば、艦がバラバラになるからだ。
《ユニオン》級と《オーバーロード》級ドロップシップがジャンプシップのドッキングポートから分離し、即座に2.5Gの強烈な加速を開始した。通常なら30時間かかる道のりを、さらに短縮するためだ。惑星の守備隊は、それでも2隻の接近を探知できる──ジャンプシップの出現と同時に、ハイパースペース・フィールドが崩壊し、星系内の電子機器に探知されるからだ。だとしても、奇襲攻撃としてこれ以上の方法はない。例外として、「民間船を買収し、偽装する」ということもできなくはないが。
ハルステッド・ステーションにて、星間連盟時代の大学施設が発見され、それを狙ってハンス・ダヴィオンは惑星に侵攻した。しかし予想外にドラコ側の抵抗が激しく、ハンスの婚約者、ダナ・スティーブンソン少佐が戦死してしまう。
犠牲は大きかったが、ダヴィオン軍は大学から技術資料を奪取することに成功し、これを礎にニューアヴァロン科学大学(New Avalon Institute of Science)が設立された。NAISでの研究によって技術開発が促進され、ゲーム本編でも年代の進行とともに新しい装備が利用できるようになる。
この小説と、ゲーム本編のストーリーに直接のつながりはないが、いくつかの要素にその面影を見ることができる。
小説・ゲームのストーリーに影響しない範囲ではありますが、気になる場合はスルーしてください。
クロエの出身惑星は地球。技術者としての才能を見出され、コムスターのもとで教育を受けた。
クロエはこのときメックの操縦訓練を受けており、公式には存在しないはずの「コムスターのメック戦士」であった。当時コムスターは軍事力を保持していないことになっており、その存在が明らかになるのは第四次継承権戦争を待たねばならない。
コムスターの教えに嫌気がさしたクロエは、落第生のふりをして追放されることを選び、傭兵としての人生を歩んだ。
ニコライの過去はゲームのメインキャンペーンの重大なネタバレとなるため、小説では明かされていない。とはいえ、いくつかの描写からその断片を垣間見ることができる。